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2013年

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<Vo.26>【モザンビーク透析医療の実際】

血液浄化部の日高です。ブログを更新します。
今年の4月から5月にかけて、アフリカのモザンビーク マプト病院透析センター視察およびスワジーランド フラティクル病院透析センター開設のために、小林先生、血液浄化センター看護師の塩野さん、臨床工学技士の北畠さん、そして私の4人で鎌倉から出発しました。今日はモザンビークの話をしますね。

透析センター外観
透析センター外観

透析センター入り口にあるメモリアルプレート
透析センター入り口にあるメモリアルプレート

成田からパリ、パリから南アフリカのヨハネスブルグ、ヨハネスブルグからモザンビークの首都マプトという経路で行きました。今回、私は初めてパリから南アフリカへ飛びましたが、夜11時20分発のフライトで、もう結構眠ったなあと思って、目が覚めて座席前の地図を見るとまだ赤道より北側です。やっぱりアフリカ大陸は縦にも大きい!!と実感した次第です。11時間半かけてヨハネスブルグ到着です。そこからモザンビークへは1時間程度のフライトでした。
 モザンビークのマプト病院からの研修者を受け入れたのが2008年夏。それが私達のアフリカとの交流の最初でした。マダレーナ先生、エンジニアのボルジェス、看護師のクレミウデとオルランダが鎌倉にきて4週間研修を行いました。彼らの国には透析の機械が全くなく、末期腎不全になってしまうともう何もできない国でした。そのような国々に“命だけは平等だ”の理念のもと、徳田徳洲会理事長が透析機器を寄付し、また実際の透析治療をどうやるのか、研修に日本にきてもらうことが始まりでした。そして、2008年12月に小林先生、大竹先生、塩野さん、臨床工学技士の西坂さんの4人がマプトへ行き、透析センターの立ち上げをしました。今回、私達の出張の1つの目的が、実際に5年たって透析センターはどう稼働していうのかをみることでした。

再会を喜ぶマダレーナ先生と小林先生
再会を喜ぶマダレーナ先生と小林先生

 私にとっては初めてのマプト病院です。とても広く、大きな木がたくさんある庭があり、いろいろな科が個々の建物にわかれて存在していました。たくさんの学生さんも見かけました。血液浄化センターには10台の透析機器があり、すべて稼働しており、なんと登録患者数が40人だそうです。日本と同じ、午前午後の2クールの透析治療を月曜日から土曜日まで行っています。私たちが5年前に教えた透析治療のやり方をきちんと守って、安心・安全な医療を患者さんに提供するよう頑張っていました。患者さんが元気に透析に通ってくる様子を見て、私達はとても嬉しく思いました。

透析治療風景
透析治療風景

透析チャート
透析チャート

鎌倉にきた看護師のヴィディア、エンジニアのボルジェスとエルデル
鎌倉にきた看護師のヴィディア、エンジニアのボルジェスとエルデル

真面目で堅実なモザンビークの人々。人口2000万人のモザンビークに10台の透析機械ではまだまだ足りないけれど、それでも大きな一歩、いえもう何歩も進んでいます。もう一人の腎臓内科医師であるエルザ先生は今子供をつれて旦那さんとは別居しながら南アフリカ ヨハネスブルグの病院で腎臓病全般(移植もふくめて)を1年かけて研修中です。エルザ先生も2009年夏に鎌倉を訪れ、研修を受けた仲間です。帰りのヨハネスブルグの空港で、エルザ先生と久しぶりに会うことができたのもよかったです。
皆が努力して着実に透析医療を実現している様子を今回実際に見て、感じることができ、本当に嬉しく思えた一日でした。

そして、モザンビークのマプトはインド洋に面してきれいな海岸線の広がる素晴らしいところでした。この美しい日の出をみてください。お食事はたこやいかなど魚介類がとってもおいしいですよ。ぜひ、機会がありましたら、モザンビークを訪れてみてください。
次回はスワジーランドの報告をいたします。ではまた。

マプトの日の出
マプトの日の出

血液浄化部
日高 寿美

<Vo.25>【チームワークで成し遂げた学会の成功報告】

腎免疫血管内科の大竹です。
遅くなりましたが、ブログを更新します。

今年4月19日から21日まで、パシフィコ横浜国際会議場で日本医工学治療学会第29回学術集会が開催されました。当院の小林修三副院長を大会長として、我々腎免疫血管内科で主催しました。学会テーマは「医工で築く明るい未来~イノベーションの真の応用と精神の調和~」です。

大会長小林先生の講演
大会長小林先生の講演

特別講演ゲスト 宮崎緑さんと小林先生
特別講演ゲスト 宮崎緑さんと小林先生

毎年多くの学会に発表で参加しますが、僕たちが主催者側になって学会を運営するのはこれで2回目。1回目は、第7回日本フットケア学会で、やはり小林先生が大会長となって2009年2月末に行いました。フットケア学会はその当時まだ第7回ということもあって、比較的若い学会で参加者も看護師さんを中心にした華やかでにぎやかな学会でした。ちょうど2月27日は僕の誕生日で、雪が降る中で開催されたフットケア学会は、誕生日を思い出に残るものにしてくれました。学会に発表で参加することはあっても、学会を運営するのは初めての経験でしたから、何をいつまでにしたらいいのか、何から何までさっぱりわからずとても苦労しました。ですが、小林先生の的確で厳しい指令のもと(!!!)、無事に学会を主催し終えることができました。

一方で、今回の医工学治療学会は第29回と歴史もあって、そうそうたる先生方が参加された学会でした。医工学ということもあって、臨床工学士や医用工学関係、あるいは心臓外科や透析関連での参加者が多い学会です。2年前から準備を始め、本格的には1年前から学会プログラム構成の検討、招待者の選定・依頼、企業への協力要請、学会ホームページ作成、演題募集、抄録集作成と次から次へとやることがあって、とても忙しい毎日でした。

受付のお手伝いをしてくれた湘南鎌倉のみなさん
受付のお手伝いをしてくれた湘南鎌倉のみなさん

受付のお手伝いをしてくれた湘南鎌倉のみなさん
血液浄化センター 臨床工学技士のみんな

みんなの努力の甲斐があって、今回の学会参加者は総数1,001名でした。(やったね!)
例年の参加人数からすると500~600人程度かと思いましたが、無謀にも目標を1,000人と掲げてみんなで頑張ってきた甲斐がありました。
天候はフットケア学会の時と同じく悪天候で、4月にしてはとても寒い日がありました。
ですが、予想を超える(!)多くの方々のご参加を頂き、盛況のうちに学会を終えることができました。

事務局長大竹先生を囲んで
事務局長大竹先生を囲んで

懇親会のあと
懇親会のあと

今回のプロジェクトを通じて強く感じたことは、厳しい指導者といい仲間が一番大切だということです。
いい仲間がいて初めていい仕事ができる。

手伝って下さった病院の全スタッフと共に
手伝って下さった病院の全スタッフと共に

腎免疫血管内科の仲間たち、湘南鎌倉総合病院のスタッフ、そして徳洲会グループ全体での協力、どうもありがとうございました。今年の秋(10月12日土曜日)には、第10回日本フットケア学会鎌倉セミナーが開催され、大会長は小林先生、そして日高先生が事務局長です。アイデア満載のセミナーになると思います。
日高先生、頑張って!

腎免疫血管内科
大竹 剛靖

<Vo.24>【お世話になりました!】

血液浄化部の日高です。

ブログ更新をなかなかできておらず、申し訳ありません。

また気をひきしめてブログも更新してまいりますので、ご容赦ください。

今回は4月下旬まで当院で勤務してくださった宮本雅仁先生のお話です。

宮本Dr
宮本 雅仁 先生

4月19日から21日にまで、小林先生が日本医工学治療学会第29回学術大会の大会長を務められました。

そのような関係で、学会が無事に終了するまで、病棟や血液浄化センターをまもってくれました。
どうもありがとうございました。

日本医工学治療学会
日本医工学治療学会第29回学術大会

私たちは宮本先生にたくさんのことを学びました。これからもお互いに切磋琢磨する関係であり続けたいと思います。

では、前置きはこのへんで。。。。

湘南鎌倉から離れてはや1週間が経ちました。湘南鎌倉が懐かしく、また寂しく思います。
聖マリアンナ医科大学 腎臓内科 宮本 雅仁です。

平成24年4月から約1年間、湘南鎌倉総合病院 腎免疫血管内科の一員として働かせて頂きました。
月並みな発言ですが、“勉強になりました”。いろいろと。

まずは強烈なリーダーシップの元で行われる、小林副院長(図1)回診。

小林Dr

衝撃でした。油断は禁物です。
自分の油断で、病棟の上司(守矢先生:図2)が怒られてしまいます。

守矢Dr
図2:今と少し職業が違った時代の守矢部長(おそらく20才台)

上司が怒られるってつらいです。気が引き締まります。勉強になりました。

聖マリアンナにいては経験することのない徳之島への離島応援。徳洲会病院ではなければ経験することのできない医療でした。

そしてアフリカタンザニアへの透析支援・・・。

これはかなりすばらしいことでした。

このような機会を与えてくださった小林先生に感謝です。

仕事だけではありません。大竹主任部長(図3)には、釣りを教わりました。
これは、すごく楽しい。ただ、釣りを教えてくれた上司は朝が早い。
釣りの集合時間が朝4時であれば、朝3時には来ています。もちろん僕は起きていません。
朝3時に“遅い“と電話がきます。僕は跳ね起きますが・・・・。
上司との付き合い方、勉強になりました。

大竹主任部長
図3:ピンぼけしてます、大竹主任部長の若いとき。

最後に僕の直接の上司であった日高部長(図4)。
日高先生のやさしさ、懐のあたたかさで徳洲会の1年間を乗り切ることができました。ありがとうございました。

日高Dr
図4:期待通り。やっぱりきれい、日高部長の若かりし時代。

若い時の写真を見たいと思っていましたが、見ると今度は会ってみたくなります。
そんな先生方と医療を一緒にできる機会を願っています。

最後に写真を提供いただいた、大竹先生・増田ゆうさん、ありがとうございました。

聖マリアンナ医科大学腎臓内科
宮本 雅仁

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